DSpace
 

Academic Research Repository at the Institute of Developing Economies,Japan(ARRIDE) >
06.中東・北アフリカ研究(Middle Eastern and North African Studies) >
03.社会(Society)/中東・北アフリカ(Middle Eastern and North African Studies) >

Please use this identifier to cite or link to this item: http://hdl.handle.net/2344/1133

タイトル: トルコにおける国家中心的公共圏認識の定着 -- 言説分析
著者: 間, 寧
Hazama, Yasushi
キーワード: トルコ
イスラム
社会
社会問題
Issue Date: Apr-2011
出版者: 日本貿易振興機構アジア経済研究所
引用: アジア経済 52.4 (2011.4): 87-111
抄録: トルコ社会において過去10年近くの間に,国家中心的な公共圏の認識が広まったのはなぜか。本稿はその主因を,2002~2007年に起きた「公共圏」論争が,イスラーム的スカーフの着用をめぐる論争に従属して展開したことに求め,新聞データベースを材料にした言説分析から,以下の答えを導く。第1に,2002年の論争開始にともない「公共圏」という表現が初めて広く一般の目に触れるようになったという点で,この論争による「公共圏」の宣伝効果は大きかった。しかしスカーフ着用問題が政治状況の変化により論争議題でなくなると,公共圏がどうあるべきかは,現状維持派の世俗派のみならず,挑戦者であるイスラーム派にとっても重要性がなくなったため,「公共圏」論争は失速した。第2に,現状維持派である世俗派エリートが用いた言説フレームは,国家が「公共圏」の中立性を守るためにスカーフ着用を禁止するというものだった。この支配的フレームに対し,イスラーム派は当初,ハーバマス的公共圏理論を援用してスカーフ着用を擁護する代替的対抗フレームを使っていた。しかし世俗派の強硬な抵抗に遭うと,国家的公共圏の抑圧性を強調する否定的対抗フレームをより頻繁に用いるようになった。これは世俗派批判としては妥当だったものの,イスラーム派が国家的公共圏定義を追認することにつながった。ちょうどその頃,「公共圏」論争は上述の理由で失速していた。そのため「公共圏」についてのトルコ社会のおおよその認識は,国家的定義が支配的なまま凍結されたのである。
URI: http://hdl.handle.net/2344/1133
Appears in Collections:01.アジア経済
03.社会(Society)/中東・北アフリカ(Middle Eastern and North African Studies)

Files in This Item:

File Description SizeFormat
ZAJ201104_006.pdf948.43 kBAdobe PDFView/Open

Items in DSpace are protected by copyright, with all rights reserved, unless otherwise indicated.

 

Privacy PolicyTerms of Use Copyright (C) JETRO. All rights reserved.